高校の頃バスケ部での練習中に頭を打ったことから、頭痛や吐き気に悩まされましたが、紆余曲折を経て完治しました! 私で分かることでしたらお答えしますので、質問疑問等、ぜひコメント欄にお願いします!
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おひさしぶりです!
2009年10月03日(土) 11:48
おひさしぶりです!
完全に更新が止まっていてごめんなさい。。

今日は、この夏休みに行ったカンボジアでのボランティアツアーについての日記を書きます☆


8/18から25まで、カンボジアの子どもたちに絵本届ける活動という、地球の歩き方のボランティアツアーに行ってきました。

毎日がいろんな意味で充実していて、本当に濃い8日間でした。
カンボジアは私がイメージしていたよりもはるかに素敵で優しい国で、そして同時に想像以上に過酷な状況でたくさんの人が生きている国でした。

このギャップが、日本に住む私には大変な衝撃でした。
いまもまだ経験したことの半分も消化できていません。。
カンボジアは私に、大人になるまえに考えなければならない大切な材料を、たくさん与えてくれました!

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ツアーの主なプログラム
歴史レクチャーを受ける
村の小学校に訪問
・手を洗う、歯磨きの大事さを伝える劇
・折り紙を教える
・体操の授業
・ボールや大縄で一緒に遊ぶ
・絵を描く授業
アンコールワット、アンコールトムの観光
トンレサップ湖で水上生活を見る
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

このツアーの最大の目的は、ふつう外国人が入ることのできない村の小学校を訪問して、絵本を届ける、一緒に遊ぶことでした。
正直、ボランティアツアーといってもがっつり「ボランティア」をしてきたわけではありません。
でも、ボランティアとしてしか入れない村の小学校に入れてもらえたことに大きな意味があったように思います。

私たちが村を訪れる初めての外国人というその村。
期待と緊張をもって小学校を訪れると、子どもたちは両手を合わせて私たちの目をしっかりと見て「チョムリアップスォー(こんにちは)」と言ってくれました。
その子どもたちの純粋さに、まだ何もしてないというのに涙がでました。

出会ってすぐ村散策に行ったとき、私の両手を子どもたちがつかんで、手をつないでくれました。
手をつなげずに諦めてそばを歩いた子もいました。
初めての外国人だった私たち、肌の色も服装も違う私たちはシャイな子どもたちにとっては驚きの存在だったに違いないのに、はにかんで手をつないでくれました。
子どもたちの純粋さに心が打たれました。本気で手が6本くらい欲しくなりました。


村の子どもたちは、みんな家族を手伝うのが当たり前でした。
牛の世話をする、薪を炊く、下の兄弟の面倒を見る…
家の中で私は長女ですが、なにかにつけて「どうして私ばっかりに手伝わせるの」と不平を言っていた自分がとてもはずかしくなりました。
家族が、家族を助ける。こんな当たり前のことさえどうして進んでしてこなかったんだろう、と思いました。


村の小学校は、日本の幼稚園くらいの広さに600人が通い、先生と教室の不足から、午前・午後の2部制になっていました。半日ですら、家の手伝いで学校にこられない子がいました。
都会の子のおさがりのシャツが制服でした。
サンダルは小さすぎて土踏まずまでしかない子がたくさんいました。もちろんはだしの子もいました。


学校から家までが10Kmある子もいると聞きました。
身長130cmくらいの子が、大人の自転車に乗って通学していました。ブレーキが利かない自転車を使っている子もいました。
そもそも、カンボジアの小学校4年生は、私の小学校1年生の末弟と同じくらいの背で、そしてはるかに痩せていました。

私たちがシャボン玉を吹けば、紙飛行機を飛ばせば、ボールをひとつ放れば、子どもたちはどこまででも追いかけていきました。
こんな貪欲さは私にも、そして日本の子どもたちにも失われてしまっていると思いました。

子どもたちの目の輝きは本当にまぶしくて、「幸せ」とはなんなのか、わからなくなりました。

それでも、こんなカンボジアの子どもたちが急に黙りこんだ質問がありました。それは、「いまカンボジアは平和だと思う人?」というものでした。
こんな小さな子どもたちが、「この国は平和でない」を感じてしまっていることが、またそれにもかかわらずこんなにも笑顔でいることが、どうしようもなく複雑な気持ちになって涙が出ました。
子どもたちとのお別れは、とてもつらかったです。かわいくてかわいくてしょうがない子たちでした。


日程の後半は観光が中心でした。アンコール遺跡群はどれもすばらしかったです!!
手の込んだ彫刻が建造物の壁や天井などいたるところに施されていて、それがとてつもない面積広がっている…
この国に存在するすばらしい歴史を尊敬しました。



トンレサップ湖という、琵琶湖の4〜10倍もある(大きさは雨季・乾季で変わる)湖を見に行きました。
地平線まで全部湖!そしてなんとそこには水上に家が、市場が、学校が、病院が、教会がありました。
村の住居を見たときにも感じましたが、人間は本来とてもたくましくどんなところだって生きていけるんだということを感じさせてくれました。

しかし、どんな観光地でも、どんなきれいな景色を見た後にも、必ず経験したつらいことがあります。
3歳、5歳くらいの子どもから少年、少女がバスから降りる私たち、バスに乗り込む私たちを囲んで「1ドル、カード、1ドル」とついてきます。
その子どもたちの切迫した表情、暗い目、見ていて本当に苦しかったです。
その場で1ドルを渡すことはとても簡単かもしれないけれど、それをしてしまえば学校に行かない子の子たちを余計助長してしまうことになる…
「1ドル、1ドル」という声が今も耳から離れません。


**************
さて、こんな貴重な体験をして日本に帰ってきました。
一枚のシャツをあらいがえもなく着続けるカンボジアの子
しかし日本の店にはどこにも物があふれています
物がありすぎて、不自由なく過ごせていることに感謝しようともしていない自分がいます

カンボジアの人は選ぶことができない人生を送っています
義足をあてがってもらっても、職がなくわざと義足をはずして、物乞いをする人がいます
しかし日本で私たちはバイト雑誌を見ては「時給が安い、仕事がきつい」などといいます
選ぶだけの選択肢が与えられていることが、どれだけ幸せなことか私はカンボジアに行くまで気付くことができませんでした

村の小学校の先生は、字が書けるからという理由だけで採用されます
子どもたちは字が読めずに地雷原に入って行き、おもちゃと間違えて地雷に触れ手や足や命を落とします
しかし日本で私たちはテストが面倒だ、学校に行きたくないなどと言います
教育を受けられる喜びなんて、感じられている人はいるのでしょうか。少なくとも私はそうではありませんでした。

カンボジア人がやさしいのは、きっとほかの国よりも苦労しているから、隣国との戦争や国内での紛争などの歴史を経て「ひとの悲しみ」を知っているから
だからこそ、カンボジアのひとたちはささやかな幸せにも喜びを感じて
生きていたように見えました

今なおカンボジアには、600万個の地雷が埋まっています
学校に行けず、働いている子どもがいます
雨水が、身近な水の中で一番きれいな水だといいます



この旅で一番学んだことは、自分の目で見ることの大切さでした。
TVの映像や人の話だけで、知った気になってしまうことのおそろしさを感じました。
本当に、生のカンボジアを見に行ってよかった。

そして、この体験を「私はカンボジアで良い体験をしました」だけで終わらせたくありません。
私はとても恵まれた国、日本に住んでいます。
もし私がほんのわずかでも彼らの役に立てることができるなら、それをする義務があると思います!

人間はなにかとの「比較」でしか感じられない生きものなのかもしれないな、とふと思いました。
夏に暑いところにいれば、木陰に入ると涼しく感じるけれど、それも長くいて慣れればまた「暑い」と言いたくなる。
日本と言う木陰から出たことのなかった私は、太陽の照りつけるカンボジアを知って、日本の「涼しさ」を知りました。
日本に帰ってきて、またこの「涼しさ」を「涼しい」と感じられなくなってしまいそうなことが怖いです。
日本に住む私たちにとっての当たり前は、カンボジアの人々にとって間違いなく夢のような暮らしです。
そしてカンボジアの暮らしを垣間見た今、もう私に今までみたいな甘えたことを言うことはゆるされないと思います。

これ以上の「涼しさ」を、贅沢を求める前に、暑くて死にそうな人に目を向けられるようにならなければ、カンボジアで私に笑顔を向けてくれたすべての人に申し訳が立たない。


学生の私にできることを考えたとき、それは寄付や募金活動ではなく、できるだけ多くの人にカンボジアを知ってもらうこと、興味を持ってもらうことだと思いはじめています多くの人が関心や問題意識を持てば、ゆっくりでも確実に世界はころがっていくのではないか、と。


もちろん8日間で見てこられたのはカンボジアのほんの一部でしかないでしょう。
私はカンボジアを語るにはまだまだ勉強不足です。
でも、私の目を通して見たカンボジアの話にだって、驚いてくれる人がいるかもしれません。
私は、「発展途上国=あぶない、こわい」と思っていましたが、それは間違っていました。

たしかにカンボジアの中にはまだまだ危険な地域もあります。
でもそれ以上にそこに住む人たちのあたたかさや一生懸命さはTVの画面や旅行本からは分からないものでした。

私は、カンボジアとカンボジア人がとても好きになりました♪


残り学生をやれる1年半、まだまだできることはあるはず、と思います。
私たちの見てきたものをできるだけ多くの人に知ってもらうために、
村の小学校のあの子たちの将来を少しでも希望のあるものにするために、
なにかができるとおもいます。 

なぜなら、私はこの旅ですばらしい25人の仲間を手に入れたから★
全国から集まってきたこのメンバーは全員がひとり参加でした。
そして大原さん、大塚さん、しーちゃんというすばらしいスタッフの方々の支えで、たくさんのものを得てこの旅を無事に終えました。

このみんなとの縁を大切にして、いまの気持ちをどうしても風化させたくない、この旅を通して変わったいろんな感覚を大切にしたいです!
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